ラズベリルフェスティバル


 ひな祭りという行事がある。3月3日に行われる女の子の行事。雛人形を飾ったり、菱餅を供えたりするあれ。節句祭りであり、女の子の成長を祈る意味合いがある。

 人形には内裏雛などいくつか種類があるわけだが、正直主役となる女の子には理解不能な漢字名称が大量に並んでいる感じしかしない。つまりは女の子を出しにして大人が騒ぐ祭りというのがその正体であろう。女の子としては大量の人形が並んでいる、ただそれだけで心踊るのである。

 だが、敢えて言わせて貰おう。

 ぼんぼりってなんだよ!? 今日は楽しいひな祭り? あんなクソ高い雛人形が全ての家にあるとでも思ってるのか!? 雛人形が無い我が家は周囲に自慢されてるだけでムカツクだけだったよ!! ひな祭り! 爆発しろ!!

 ひな祭りというのは本来、ケガレを人形に移して川に流すものである。古今東西ヒトガタにそういった悪しきものを移して流すとか燃やすとかはよくあるようだ。
 しかし最近の人間は流さない。さぞケガレその身にたまっていることだろう。

「つまりお前はケガレてるってことでOK?」
「ボコるよ?」
「待て待て。そんなケガレきっているお前にだって神が宿る瞬間ってものはちゃんとある」
「はぁ? どんな?」
「言うまでもない! パンチラしたときだ!!」

 力説する幼馴染を本気でぶん殴ったあたしは何も悪くない。寧ろ正義であると言ってもいいだろう。なんか急に恥ずかしくなってスカートを抑えてしまったが平坦な道で早々見えるとも思えない。

「ふっ、いいパンチだったぜ。だがどうせなら蹴りの方が――」
「貴様の魂胆は見えている」
「チッ!」

 痛い目にあっても女子のパンツが見たいってどういう考えなんだかさっぱり分からない。そしてそれの行き着く先が逮捕されても女子に悪戯したいになるのだから性質が悪い。

「違うな。その考えは間違ってる」
「はぁ?」
「どうせ痛い目に合うことは確定してるんだ。だったら、少しくらい美味しい思いがしたい!」
「大人しくしてな。痛い目にも合わないから」

 今のうちに心を入れ替えないと将来は性犯罪者なんじゃないのかこいつ?

「オレが悪戯するのはお前だけだ!」
「あっちにスカートめくれてるお姉さんが!」
「なんだとっ、あ……」

 小さい頃から殴ったり蹴ったりしていたせいであたしのケガレがこのヒトガタに移ったのかもしれない。そろそろ川に流してみるべきか?

「ところでさ、桃の節句って何?」
「ひなまつり」
「そうじゃなくて。蜜柑の節句とかあるの?」
「知るか。季節の節目を節句って言うらしいけど」
「なんだ……桃の節句って桃色のパンツはく日じゃなかったのか」

 今現在身につけている下着の色はなんだったかな? うん、ピンクだよ。こいつ、殺そう。今すぐ抹殺して川に流してケガレを祓うんだ!!

「それが人生最期の言葉いい?」
「よくない」
「じゃ、さよなら」

 ついうっかり蹴り飛ばしてしまった。蹴ってから失態に気付きました。いい笑顔で鼻血を出しているやつがグッと親指を立てる。踏み潰してやろうか、それ……。

「かわいい、パンツはいてる、なっ」

 ボッと顔が熱くなった。口に出されると滅茶苦茶恥ずかしい。あの一瞬で本当に見てるこいつがちょっと怖い!!

「神は降臨なされたのだ! ここに桃色の神がいるぞー! そう、桃神様だー!!」
「やめろっ! 恥ずかしい!! こっちにこい!!」
「なんだ? もっとパンツ見せてくれるのか?」
「クソっ、この変態め!」

 スカートを抑えてジリジリと後退するあたしに、ゆらゆらと近付いてくる鼻血塗れの変態。なんだこの図は!!
 やっぱりこいつはケガレの塊。ケガレの化身か!! 今までまともにひな祭りしなかったあたしについにヤバイほどのケガレが襲い掛かってきたというのか!! でもよく考えたらたかが幼馴染である。雑魚である。恐れるような相手ではない!

「お前のお陰で最近はMに目覚めたぜ」

 ヤバイ、こいつ超怖い! あたしのせいっぽいけどもういろんないみで手遅れだ!! あたしは始めて幼馴染から逃げ出した。

「待てええええい。もっと見せろ、もっとオレにお前のパンツを見せろおおおおおお!!」
「おまわりさぁぁぁぁぁん!!」

 最低のひな祭りになってしまった。3月3日ってこういう日じゃないだろう!? 家で大人しく雛あられでも食べてればよかった!! 今この瞬間に雛あられがあればやつに全力で投げつけているのに!! 福はうち、ケガレはそと!!

「お前のことが大好きだぁぁぁ!!」
「はぁ!? このタイミングでお前何言ってるの!?」
「だからスカートめくらせろおおおお!!」
「意味が分からない!!」

 ほとんど人のいない道を全力で駆け抜ける。後ろにアレさえいなければ清々しくいい汗をかけたかもしれない。なぜあたしは今日あいつと一緒に外を歩いていたのだろうか? 最早最初の目的が何だったのかすら思い出せない。

 逃げることもまた勇気のいる行動である。戦うことも勇気のいる行動だ。つまりは、何か行動を起こす、それ自体に勇気がいるのである。勇気の無い人間はその場で留まることしかできない。人は誰しもが勇者になれるのだ。そう、努力さえすれば。
 でも後ろにいるような勇者は嫌だな! あれは勇者じゃなくて山賊とかそういうジョブだよな!

 ダメだ。逃げていてはダメだ。このケガレはさっさと始末しないと後に響く。ここは決断には丁度いい場所だ。あたしはあいつとは違う勇者になる!!

「オレとお前でお内裏様、お雛様になろうぜええええええ!!」
「なるかバカめ! 死ぬがよい、ケガレ!!」

 180度ターン。すかさずかがんでのアッパーカット。今までここまでスムーズに技が入ったことはなかったね。これが男子がパンチラに注目するのと同じ「集中力」なのだとしたら男子はやっぱりアホだ。もっと有意義に力は使うべき。
 やつは吹き飛び、高さ5メートルほどの橋から川へと落下した。さらば、ケガレを宿したヒトガタよ。

 そして、

「あの辺りの記憶がないんだけど、オレが何してたか知らない?」
「知らない」
「川岸で倒れてるところを救急車で運ばれたらしいんだけど、なんでオレそんなところに?」
「さぁな」

 最後の慈悲、それは119。川に落ちたくせに風邪もひかないとはさすがだよ、変態。

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 ラズベリル(ぺツォッタイト)は2002年に発見された新種の宝石(ピンク色)です。「欲情を刺激」とか「真っ直ぐな愛」的な意味があるようで。ちなみに最初はラズベリルと呼ばれていましたが、今ではペツォッタイトが世界的には一般的。日本ではラズベリルと通るとは思いますけど、そもそも絶対数がですね……。どっちも聞いたことないって人も絶対にいると思います。


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