みっちゃんワールド #35 プロジェクトヘヴィガールズの話


 放課後、校庭を一陣の風が通り抜けた。

「うわああああぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!!」

 砂を巻き上げて爆走するその姿はいつもの彼女とはとても思えません! 何が彼女をそうさせるのか!! ひらひらとスカートが揺れるのに全然中身が見えないのは制服を改造してないからに違いありません! ちぇっ! ゆずちーママならやってくれると思っていたのに期待はずれです。

「ヒメ様! 大変です! ゆずちーが50メートル6秒で走りました!!」
「ええっ!? ストップウォッチが壊れてるんじゃないかな!?」

 あたしよりもちっちゃいヒメ様がなんだか可愛いです! 無駄にでっかいくーちゃんとは大違い!

「ほらくーちゃんも倒れてないで見てください! 起きてください!」

 ゆずちーにかばんで殴られて地面に倒れているくーちゃんを無理矢理蘇生し、ストップウォッチの数値を見せてあげました!

「お、オリンピックにでも出るつもりなのか……室内での50メートル記録って5.96なんだろ?」
「プロのアスリートじゃないんですよ!? いくらなんでもそんなタイムでるわけが!!」
「加速魔法か!」

 加速魔法!? そんな魔法があれば遅刻する心配がなくなります! なぜあたしにそれもテレポートも使えないのか!! あたしも遅刻防止なウルトラパワーが欲しいです! 1000円くらいで商品棚に並べてくださいコンビニさん!

「魔法ドーピングずるよゆずちー!!」
「魔法なんて実在しませんよ! 2人とも現実逃避やめてー!」
「となるとみっちゃんがストップウォッチの操作をミスったな」
「じゃあ今度はくーちゃんがやってみてください!」
「いいだろう相手になってやる! 我がストップウォッチ流の奥義を見るがいい!」

 そもそもなぜこんな事になっているのかを説明しましょう! でもゆずちーが走ってる時点で大体お察しですよね! そうゆずちーがふとっ、――なんだか殺気が!? じゃなくてちょっと、食べ過ぎてしまったんです! 故にお昼の運動をしているというわけです。放課後ですが!

「バカな……6.1秒だと。何がどうなってるんだ? 壊れてるのは世界の方なのか! デブってるゆずちーにそんな速度がだせるうわぁぁゆずちーなにをするうぐぅ」
「かりんちゃーん!?」

 愚かなくーちゃんここに眠る。今のゆずちーに禁止ワードを言ってしまうなんてそれは勇者ではなく愚者の所業です! 一度永き眠りについて悔い改めるべきだとあたしは思うんですよね! アーメン!

「紫光院さん! 暴力は、暴力はよくありません! 男子にモテませんよ!!」

 ヒメ様突然の抜刀! ゆずちーに9999のダメージ! くーちゃんに続いてゆずちーまで倒れてしまいました。

「なーヒメよ。ゆずちーには言っていいことと悪いことがあるんだぞ。モテないとかそんな爆弾をいきなり」
「くーちゃんにだけは言われたくないんじゃないかと思います! でも、ごめんなさい。そんなに気にするとは思わなかったです」
「失恋マスターゆずt…」

 いきなり目の前がブラックアウト。どうやら何かがあったらしくて一瞬意識を失っていました。一体あたしの身に何が??

「いやー、私とみっちゃんにはホント容赦ないな……付き合い長いのはいいことばっかりじゃないってことか」

 それからもゆずちーが走ったり跳んだり、くーちゃんが飛んだりといろいろありましたが果たしてこれはダイエットなのか、という疑問が沸き上がってきたことで一旦知識のないダイエットらしきなにかは中断。雪花堂でおやつタイムとなりました。

「みなさん、付き合ってもらってすいません……」
「つまりここはゆずちーのおごり!」
「……自腹でお願いします」

 世の中うまく行かないことばっかりです!

「そんなことよりもゆずちーが平然とスイーツ食べてるのはおかしいと思うんだよね!」
「い、いいじゃないですか……私だって甘いもの食べたいんです!」
「そんなこと言ってるから体重落ちないんだ。そのスイーツ、明日の贅肉ってな」
「うう……」
「そもそも紫光院さんってそこまで太ってるの? 見た目ふっくらしてるってこともないと思うけど?」
「500キロくらい?」
「どこの牛ですかっ!! 酷すぎますみっちゃん!! みっちゃんなんて寝てる間に牛になってしまえばいいんです!!」

 ゆずちーに呪いをかけられたあたしは明日学校にこられないかもしれません! 制服のサイズが合いません! 訴えてやるー!!

「みっちゃんは焼き肉にしてゆずちーが美味しく頂くらしい」
「そして太るんですね! 分かりました!」
「食べたりしませんから!!」
「海沼さんを焼き肉にするのはまた今度として、取り敢えずは毎日体を動かしていればいいんじゃないかな?」

 アイスクリームを突っつきながらヒメ様が言いますが、その程度のことでゆずちーのお肉はなくならないと思うんですよね! ほら、ゆずちーのお肉は今もせっせと生産されていますし!! それとあたしをまた今度食べるのもダメです!

「どうだろ? ただ闇雲に走っても体重は落ちないと思うんだ。やるならもっとしっかり計画を立てて根性で乗り切らないと」
「1日10キロ走るみたいな目標で?」
「みっちゃんには絶対無理だな」
「10キロはうちも無理かも」
「ですが、ゆずちーにはやってもらいます!」

 スプーンをゆずちーに突き付けてカッコ良く宣言。

「そんなっ! 流石に10キロを毎日は勘弁してください、お願いします!」
「仕方ありません。毎日100メートルで許してあげましょう」
「おいおい、なぜ1%になってしまったんだ」
「何かあった時ゆずちーのお仕置きが1%になってくれるかもしれません!」
「残念だがそれはないと思う」

 他にもダイエットの微妙な知識、テレビで見たあれこれなどが飛び出しましたがどうにも曖昧すぎてダメっぽい雰囲気です。どうして誰もインターネットに接続できる端末を持ってないんですか! スマホは!?

「とはいえ食事抜きダイエットは体重が落ちた後の反動が怖いから、しない方がいいよね。紫光院さんのお母さんはお医者さんなんでしょう? 何かいい知恵出してくれないかな?」
「あたしは思うんです。あの人に頼るのは最後の手段だと」
「変な改造されてしまうかもな」
「えっ、……はい、ですね」
「紫光院さんすら否定しないってどういうお母さんなの……」
「ヒメ様にわかりやすく言うと変な人?」
「一言でばっさり言うのなら変態で十分だ」
「……」

 ゆずちーの無言の笑顔は一体何を意味してるんでしょうか! 「お母様を馬鹿にするなこんにゃろー!」という意味では絶対にないと思います。むしろ「よかった、その程度の認識で」みたいな感じがひしひしと……。ゆずちーママはもしかするともっとヤバイ人なのかもしれません。

「いいかヒメ、ゆずちーママを見かけたら全力で逃げつつ警察を呼ぶんだ!」
「ええっ!?」
「そんなことしたら警察の人がかわいそうだよくーちゃん!」
「……それもそうか」
「本気でどんな人なの!?」
「覚悟があるというのなら、今度改造人間にされる気であってくるといい」
「いえ、その、あの……普通にうちに遊びにきます?」
「えっと、ちょっと怖いけど、そのうちに」

 哀れな子羊に魂の救済を……アーメン。

「こうなれば仕方ない。ゆずちーを軽くするのは思った以上に難しい。ゆえにアプローチを変えよう」
「くーちゃんが良からぬことを考えてる顔してる!!」
「何を言うか! ゆずちーが変化しないのであれば他を変えてしまえばいいのさ! そう、体重計の数値を魔法でちゃちゃっとやってしまえば全ては解決する程度の問題だ!」
「なるほど! そんな裏技が!!」
「わぁい、もうそれで行きましょう」
「紫光院さんが壊れた!!」
「でも真理だと思います! 他人が気にするのは実際の体重じゃなくて、体重計の数字です!」
「う、うーん……確かにそれは言えてる気もするけど」
「ヒメの体重が50キロだったとしよう。でも体重計に30キロと表示されたらそっちを信じるだろう? つまりそういうことだ」
「一応断っておきますけど、50キロはありませんから」

 もしもちっちゃいヒメ様の体重がそんなにあったら今のゆずちーはトンだよね、トン!

「全ての女子の体重をゆずちーより上にしてしまえば相対的にゆずちーは軽く……」
「それです!」

 プロジェクトヘヴィガールズが勃発。目指せ、女子の平均体重100キロ!

「じゃあまずは貴女達が重くなるべきですよね。さあどうぞ。遠慮せずにどんどん食べて下さい。いくらでもおごりますから」

 あれっ!? あれれれ!? ゆずちーの目がマジなんですけど!?

「あ、あの、あたしこれから塾があるので家に帰り――」
「帰ったら、みっちゃんを牛に――」

 プロジェクトヘヴィガールズは順調に進み世界中の女子はぬくぬくと太っていきました。しかしそれはとんでもない問題を内包していたのです! なんと世界中の甘い物が高騰! ケーキ1つが5000円!!
 そして勃発する第一次砂糖大戦! その後始まるシュガー歴元年、砂糖帝国初代皇帝となった体重300キロのゆずちーによる演説が……!
 そんな未来を認めるわけにはいきませんが、ゆずちーが怖いので選択肢は1つだけです。

「ごちになります!」
「大丈夫だ。運動すればゆずちーみたいにはならない! そう、絶対に。反面教師は目の前にいるんだ!」
「だよね! ここはゆずちーにガッツリ奢ってもらって幸せ気分を味わうべきだよね!」

 と、思っていた時期があたし達にもありました。

「ふふふふふ、さあ、どんどん注文していいんですよお二人さん?」

 だからといって、毎日雪花堂に連れて来られるのはどうかと思うのですが! おかしいです! ゆずちーの財力はそんなにないはずなのに! 一体誰とどんなヤバイ取引をしてお金をてにれたんですか!

「もう勘弁して下さい譲葉さん……」
「何を言っているんですかみっちゃん。プロジェクトは始まったばかりです。さあ、さあ、さあ!」

 ゆずちーの超大型地雷を踏むのはもう絶対にやめようと思いました。


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