少女のメソッド


 銀髪を揺らしつつスキップしている少女、エレナ・フォルトゥーナは真祖の吸血鬼である。

 分かりやすく表現するのであれば人外の化け物である。一般的に吸血鬼と言えば、血を吸い、血を吸われた人も吸血鬼になってしまうというヨーロッパにルーツのあるそれである。コウモリに変身する、十字架が苦手、日光、ニンニク、銀に弱い。そして流れる水の上を渡ることが出来ないといったよく分からない設定を多く抱えているイメージ。
 しかし、エレナはその殆どに該当しない吸血鬼である。

「エレナって吸血鬼らしい特徴何にもありませんよね」
「んー? 私新種?」

 前にこんな事を言ったことがあるものの、エレナは現代生まれだけあって伝承との違いについては全く分からないらしい。
 生まれは日本だし、平然とお昼の間に動き回るし、スクール水着を着て海に飛び込むし、ガーリック味のポテチは食べるし、最近は銀の十字架のペンダントをかけているし。弱点、どこに行ったのでしょうね?
 更には高い身体能力に再生能力まで持ち合わせているという無敵っぷり。人の形をした大怪獣と表現してもいいと私ことアカネは思うわけで。
 つまりはそんなエレナ唯一の眷属である私もまた大怪獣みたいなモノってこと。骨が砕けても1時間で元に戻ると言えばどのくらいぶっ飛んでいるのかよく分かるはずだ。

「ねえエレナ……ちょっとだけ吸ってもいいですか?」
「えー、どーしようかなー?」
「ちょっとだけ! 本当にちょっとだけ1ccでいいから!」
「あ、うん、泣かないでアカネ。いっぱい吸っていいから!」

 いわゆる吸血衝動はないはずなのに無性に血が吸いたくなる時がある。もしも隣にエレナがいなかったら……私はもしかしたらまったく関係のない人に襲いかかってしまうかも。そうなったら私の生活は完全に崩壊するに違いない。クラスメイトに襲いかかるなんてことがないことを祈るばかり。

「じゃあ、遠慮なく頂きます」
「ガブっとガブっと!」

 これから噛み付くというのになぜか嬉しそうなエレナ。首筋にガブっと犬歯を突き立て……ません。エレナをぎゅーっと抱きしめて、その唇を奪い、そのついでとばかりに下唇に噛み付く。そこから溢れ出るエレナの血はとろっとしていて、甘くて、そして濃厚で、まるで高級チョコレートを感じさせる美味しさ。

「はぁ、はぁ……」
「んー、アカネって、それ好きだよね」
「いいじゃないですか、……別に」
「アカネの眼、黒くなっちゃった」
「やっぱりさっきまで真っ赤でした? 血が吸いたくなるといつもこれです」
「赤眼のアカネの笑顔って、なんだかゾクゾクしてイイよね!」
「ゾクゾクですか……。まあ、エレナがいいのならいいんですけど」

 前から思っていたんですけど、エレナって再生力にものを言わせたMですよね?

「アカネ! アカネ! 私もお腹すいちゃった!」
「それは血的な意味で? それともご飯的意味で?」
「アカネを食べたい!」
「まさかの性的な意味でした!」
「けどそれはデザートにするとして、オムライス食べたい! あのナイフで切って、とろっとするやつ!」
「あー、最近よく見るようになった半熟の」

 ふわとろの半熟オムライス……作ったことがないのでうまく出来るかは分からない。でもエレナの頼みとあらばやってみよう。

「材料は家にあったと思うので何か買って帰る必要はありませんね」
「わーい! イチゴ乗せてチョコレートかけて食べるー!」
「ええーっ!?」

 また斬新すぎる変な食べ方を……!! パンケーキじゃないんですからやめましょう!!

「かけるのはデミグラスソースだけです!」
「しょ、醤油は!?」
「そのくらいならお好きにどうぞ」
「青のりは!!」
「ご自由に」
「イチゴジャムは!?」
「問題ありませ……すからおやめなさい!!」

 つい問題ありませんと言ってしまいそうになりましたけど、アウトですからね!

「ぶー、ジャム好きなのにー」
「じゃあオムライスやめましょう」
「ジャムとかアリンコの食べ物だよねー」
「とてもいい笑顔でとんでもない手の平返しとは……」

 そんな風にエレナとじゃれ合いながら、歩いていたら黒い服を着た男性にぶつかった。完全にこちらの不注意だったのですぐさま謝罪する。

「あっ、すみません」
「いや……あんた、エレナって名前にその銀髪。お前が吸血鬼のエレナか!」

 えっ、今この人なんて!? エレナのことを知ってる……!?

「うん、エレナだよ! ところで誰なの?」
「まさか本当に出会えるとはな! インターネットもバカにできないってか!」
「あなた一体……!?」
「あんたには関係ない。俺の用があるのはその吸血鬼だけだ!!」
「エレナ、知り合いですか?」
「んー、知らない人」
「ふざけんなっ!」
「うわっ」

 怒りを露わにした男性がエレナを突き飛ばした。その唐突な行動にぐぉーっと体の底から怒りが湧き上がる。

「ちょっと! エレナに何するんですかっ!」
「お前が! お前が妹の血を吸ったせいで!! 俺の家族はみんな死んだ! 20年前のことを忘れたと言わせんぞ!!」

 20年ほど前、エレナがとある少女の血を吸い、その少女が意思なき吸血鬼と化した。その結果、兄以外の家族は死に、吸血となった少女もまた日光に焼かれて消えた。ということらしい。エレナが見た目通りの年齢じゃないことは知っていたけど、私よりも年上だったとは。

「その頃は私も生まれたばっかりで不安定な時期だったからよく覚えてない」
「お前の理由なんてどうだっていい! ぶっ殺してやる!」

 男は折りたたみ式のナイフを取り出し、それをこちらに、エレナに向けてくる。

「そんなものを……!」
「殺されるのはやだよ、私はずっとアカネと一緒にいるんだもん」
「そ、そうです、あなたの事情は分かりましたけど……エレナを殺させるわけにはいきません」

 エレナが昔やってしまったことに全く衝撃を受けなかったといえば嘘になる。でも、悪いけど、私にとって大切なのはこの人の家族じゃなくて、今のエレナだから。

「邪魔すんな! あんた一体何なんだよ! そいつの味方をするってんなら分かってんだろうな!!」

 この身は人外。とはいえ過去人間であったという事実は変わらない。だから相手が人間であったとしても、大人の男性に怒鳴られるというのは結構怖い。怖いけど……! エレナがいなくなることに比べればそんなの全然怖くない!!

「私はエレナの眷属です! 私も吸血鬼です! エレナを殺すなら私から殺しなさい!」
「アカネ!? 私大丈夫だから!!」

 私を押しのけて前に出ようとするエレナを無理矢理押さえ込み、黒ずくめの男性を睨みつける。

「ちっ、だったらあんたも死ね!」
「ダメッ、アカネッ!!」

 それからのことはよく覚えていない。
 ハッキリしているのはエレナを庇うようにして前に出ていた私が、ナイフで刺されたということだけ。エレナに噛まれたり、手を握り潰されたりしたことはあったけど、お腹にナイフを刺されたのは初めて。
 もしかして、私……死ぬのかな。ごめんね、エレナ……。ああいう相手を止める手段なんて、私には何一つなかったんだよね。

「アカネェェェェェェェェーーー!!!!」

 意識が闇に沈む前、激昂して眼を真っ赤にしたエレナを見たような気がした。

 死を覚悟したものの、エレナの眷属たる私があの程度で死ぬことはなかった。後頭部に柔らかい感触があり、目を開ければすぐそばにエレナの――血に染まった顔が。今にも泣き出しそうな瞳が目に入り、エレナが何をしてしまったのかを理解した。

「アカネッ!!」

 そんなことよりも。エレナの綺麗な銀髪が赤黒く染まっていてとても残念。

「エレナ、私は大丈夫だから」
「わぁーぅアカネェェ、無事でよかったよぉぉ」

 私にすがりついて泣くエレナの頭を撫でつつ、血の海とはこういう光景を言うんだろうな、と思った。
 辺り一面が真っ赤に染まり、普通の人なら鼻が曲がってもおかしくないような血臭が漂っている。しかし、そこに固形物はたったの一つしか存在していない。「誰か」が存在した形跡は刃がおかしな形状にぐにゃっと曲がっているナイフ……と思われるものだけ。人間の体の一部と思われるものの一切が存在していなかった。エレナの持つ超常能力、重力干渉の結果だと思われる。

「アカネ……私、人を殺しちゃったよぅ……」
「私のことで怒ってくれたんですよね……。じゃあいいです、許します」
「いいの? 私悪い子だよ? ケーサツに捕まっちゃうよ?」
「いまさら何を……」
「こんな酷いことしちゃう私と一緒にいてくれるの!?」

 正直いつか、こんな日がくるんじゃないかとは思っていた。エレナが人を殺してしまい、エレナに恐怖を抱いてしまった私がエレナを拒絶。そのままお別れになるという展開が。
 でも、私全然エレナのこと怖くないんですよ。むしろ、私のためにそんな血塗れになってしまったことに申し訳ないとすら思うんです。エレナ一人なら余裕で逃げられたはずなんですから。

「何言ってるんですかエレナ。私を吸血鬼にした責任ちゃんととってください! 私を一人にするなんて絶対に許しませんからね!!」
「アカネ、それって……プロポーズ?」
「そうです!」
「えっ!? あっ、その、あの……うん。分かった。任せて!」

 勢いに任せて何かおかしなことを言ってしまいましたが、私達の今後は概ねそんな感じなので大丈夫でしょう!

「ちょっと、吸っても、いいですか?」
「任せて!」

 エレナのふんわりとした唇は血に塗れているせいか少ししょっぱくて、なんだか新鮮。失った血液を補充するために血を吸うはずだったのについついキスに集中してしまう。エレナから漏れる吐息がとても官能的に聞こえ、胸の奥から熱くなっていく。愛おしい。もっと、エレナが欲しい。
 犬歯を突き立てたくなる気持ちを押し込み、自らの舌をエレナの中へと潜り込ませた。驚いたのか、顔を離そうとするエレナを両手でぐっと抑えこみ逃がさない。私達はそのまま舌を絡めて濃厚なキスを続けた。

「ふぐっ」

 最後に私はエレナの舌に噛み付く。舌には多くの神経が通っているらしいでかなりの激痛かも。エレナの目からはポロポロと涙がこぼれ落ちるが遠慮なんてしない。そのまま血を美味しく頂きました。こんなふうにエレナを泣かせると胸が高鳴ることに気付いたのは私だけのヒミツです。正気に戻った私達は急いで逃走。誰にも見つからずに家に帰れたのは奇跡かもしれない。

「うわあああ、アカネやっぱりウルトラニュースになってるよぅ!? 私逮捕だよぅ……」
「大丈夫ですから落ち着いてください」

 お風呂で綺麗にした後にテレビを点けたらこの有り様。プルプルと震えるパジャマ姿のエレナが可愛すぎておかしくなりそう。ずっと抱きしめていてオムライスどころではありませんけど、これはこれでいいですね! 不束者ですがこれからもずっとよろしくお願いしますね、エレナ。


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