少女のインスタンス
「ねえアカネ、吸ってもいーい?」 「ダメ」 「えー、そんなこと言わずに! 先っちょだけでいいから!」 「意味が分かりません」 私の周りをグルグルと回りながらそんなことを聞いてくる銀髪が目立つ少女の名前はエレナ。日本生まれのお化けである。冬なのに夏用のワンピースにモコモコのブーツとは恐れ入る装備です。 「ねーねー、これなーに? どうやったらジュース出てくるの?」 だから、その子が日本語で話しかけてきた時には心底安堵したものです。 「ぶー、私はお化けじゃないよ! 足あるよ、足!」 湧き上がった怒りに任せてエレナの顔を両手でバシッと掴み、睨みつける。ちょっと驚いた表情を見せた後にすぐに笑顔になった。ここは恐怖を感じたり、目を閉じたりするシーンだと私は思うのですが貴女の中では違うのですか、そうですか……。エレナの澄んだ「青い瞳」には私はどういう風に映っているのやら。 「わー、アカネが怒ったぁぁぁ!! うわーい!」 この子ならOKなんて言ってしまったら本気でやらかしかねないところがあるので。青い瞳の私。高校で確実に浮いてしまう。絶対にカラーコンタクトだと思われるでしょうし。 「ねえねえ、顔近いよ! チュー?」 あの時エレナに自販機の使い方を教えてから私の日常は結構変わった。ちょこちょことエレナを見かけるようになったのだ。 「ねえ、エレナって何歳なんですか?」 そんなことを言われた日にはどうしたものかと思ったものだけど。エレナについて何も知らなかった頃は私もまだ「普通」でいられたんでしょうね。もう手遅れすぎるけど。どうしようもなく、私は普通から外れてしまったけど。それでも生きているのなら、まあ……いいのかも。 「ねえエレナ。今日は何が食べたいですか? 好きなモノを作ってあげます!」 だからあの時、塾の帰り道にエレナに出会ったのは幸運だったと思っておきます。でなければ、私はあの時にきっと死んでいたのですから。 「じゃあオムライスは?」 とエレナが飛び付いてくる。動き回っていたせいかエレナはぽかぽかします。このままぎゅーっとしておくのも悪くないかも。でもそれはエレナトラップのような気が……。 「そういえば飴持っているのでエレナにあげます」 飴の包装を解いて指で摘む。 「はい。あ〜ん」 エレナの口の中に飴を放り込んだら、パクっとそのまま指ごとしゃぶられれていた。巧みな舌使いで私の人差し指を舐め始めたので、狙いを察した私は無言で指を引き抜く。 「まったくもう……そういうことは外でしないように」 しばらくは飴効果で大人しくしていたエレナだけど、飴1個分の時間なんてたかが知れている。すぐに右腕に抱きつかれ、服が薄いせいかあっという間にエレナの温かさで包まれるのでした。 「飴も好きだけどアカネも大好き!」 やっぱりエレナは子供っぽさが全然抜けません。あれから1年経っているはずなんだけど。もしかしてこの先ずっとこうなんじゃないかと少し心配になりました。私と共に未来を生きるつもりがあるのであれば多少なりとも大人になってほしいというのが本音だったり。 「アカネは私のこと嫌い?」 まあ、未来永劫可愛い系というのも意外と……。 「好きって言って好きって! 言わないと気持ちは伝わらないんだよ!」 そんな一生懸命にならなくても。私もエレナのことは好きですよ。 「ハンバーグはお好き?」 エレナにギュッと握られた手に激痛が走った。それと同時に何かドロっとした感触が生まれる。ああ……これは。視線を落としてみれば案の定、真っ赤な何かがポタポタと。 「エレナ……また力入れすぎ」 今の私が泣いていないのは既に慣れてしまっているせいだと思う。人間、いろんな環境に適応できるものだと身を持って実感。 「んー、このくらいなら1時間くらい我慢すれば治る!」 あっ、まずいです……1時間だと思ったら、急に涙が。やっぱり痛いものは痛いので。すぐに怪我が治る体質だったとしても激痛に耐えられるかどうかは別問題です。エレナが、私をいじめる……。 「あわわわ、ごめんね、ごめんね! すぐ治すから! 治すから吸ってもいーい!?」 エレナがその舌で私の手をぺろり、ぺろりと舐め回す。ゆっくりと舌を動かされるに連れて、原形を留めていなかった手が徐々に徐々に時間を巻き戻すかのように元の形へと戻っていく。何度見ても不思議な光景。手が潰れたことで生まれた痛みが段々と消え去っていく。しかし、それと同時に私の中に別なものが生まれ始める。 「はぁ、はぁ……これだから吸われるのはぁ……」 口の周りを血で汚し、「紅の瞳」を爛々と光らせたエレナは再生の終わった手に犬歯を突き刺し、更なる吸血を始めようとする。 「ちょっと、エレナ、だぁめ……」 唇を押し付けちゅぱちゅぱと音を立てて、私の血を吸い始めるエレナ。それに従い体の奥がじんじんと熱くなる。エレナを素早く突き放せなかった時点でこうなることは予想できました。私の中に生まれた抗えない快楽。それは熱さとともに胸を狂わせていく。 「アカネの血ってどうしてこんなに甘いの! もう私アカネ以外無理!!」 頬を上気させているエレナが目に入る。ああ、もう可愛いなぁ……。普段から可愛いのに血を吸うと瞳の色もが変わるわ頬を染めるわで可愛さ3倍! こんな子になら私は……。いや、そうじゃなくて……エレナをなんとか、し、ないと……。しかしそんな思いとは裏腹に体はまったく言うことをきいてくれない。吸血の気持ちよさに延々身を任せていたいというおかしな気持ちまで溢れてくる始末。このままだと失血死確定である。力を振り絞って体を動かし、エレナの顔を両手でガシっと掴む。ミシッと骨が軋むような音がしたがお構いなしだ。 「あっ……」 吸血が中断されたことでエレナが名残惜しそうな声を出すが、そんなことに構ってはいられない。顔を掴んだままエレナの血塗れの唇を凝視していたら、若干熱さが引き、さっきとは違った感情が沸き上がってきた。きっと今の私はエレナ同様に真っ赤な瞳をしていることだろう。 「ああ、エレナが……欲しい」 そのままエレナの唇に自らの唇を強引にくっつけた。ガチっとお互いの前歯が接触し、余計な痛みが発生するが知ったことではない。そのままエレナの下唇に噛み付き、もとい噛み切り今度はこちらからエレナの血を吸う。 「んんんーっ!」 エレナの顔が苦痛で歪み、両目からは涙が溢れ出る。だけどそれは自業自得だと思う。ああエレナの血はコクがあるのに不思議とまろやかで美味しい。昔の私は人間だったはずなんだけどなぁ……。あの時、塾の帰り道で交通事故に遭わなければ。私はきっとまだ人間のままだっただろう。私を跳ね飛ばした車はエレナ曰く救急車を呼ぶこともなく猛スピードで逃走したらしい。だから吸血鬼のエレナが私の血を吸ってその眷属にしなければ死んでいたんだと思う。 普通の吸血鬼は日の光などの弱点があるみたいだけど、エレナは日本で発生した始祖。つまりは最上位に位置する真祖の吸血鬼であったがためにそれらは弱点ですらないのだとか。そしてそんなエレナの眷属である私もまたあらゆる弱点を持たない吸血鬼になってしまったのである。 そう人外である。吸血だけじゃなくて、異常な握力とか異常な再生力とかも。もしかしたらコウモリだとか霧だとかに変身したりもできるのかも。とはいえ、その辺は私次第。人間であろうと努めれば意外と何とかなるものだ。 エレナの傷口は吸血中ですら塞がりそうになるのでずっと噛み付きっぱなしだった。ある程度の血を補充できたところで、今度は優しく下唇を舐める。ついでに口の周りもペロペロと舐めて血を綺麗にした。エレナは私の血が甘くて美味しいというけど、私からするとエレナの血の方が好みだ。他の人の血なんて吸ったことはないけどきっと私の一番はエレナだと確信している。それからはエレナの顔から両手を離し、彼女をギュッと抱きしめる。 「エレナ、大好き」 お互いに顔を確認しあってから、今度は普通のキスをしました。 「きゃーっごめんなさい!!」 お互い正気に戻った後、エレナにげんこつをプレゼント。 「おおおおおぅぅぅ……」 子供っぽいエレナですが、意外と思考は大人なのかも。私としてはこんな策を思いつくようになるくらいならずっと子供でいて欲しいところだけど。 「フフッ、今晩はベッドの上で過激なお仕置きが必要みたいですね、フフフフフ」 |
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