異世界コミュニケーション #9 遊佐とドリルとジャンボパフェ


 プリマムンディ防壁をぶち破るための自作ツール、通称「ドリル」。
 お昼休みな現在、これを使って第6層への到達を目指しています。予想終了時間は19分50秒ほど。この残り時間が急に増えたり減ったりするのはいつものことだ。

「めーるちゃん何してるの? お弁当は食べないんですか? それとも学食に?」
「ん? 遊佐かー。無理矢理インターネットに繋げて奮闘してる」
「えっ、いいなぁ、私のデスクもインターネット繋がるようにして!」
「後でね」

 よみのスペックならデスク二つ分くらいなら大丈夫だろう。

 インターネットはいつもの層から成り立っている異世界である。普通に通信やらなにやらに使う程度ならば第1層、第2層あたりだけで十分。というか、ちょっと前まではインターネットが層になってることにすら気付かないで、2層あたりを彷徨ってたのがこの世界の現状だ。
 深い層に潜れば潜るほど不要なゴミデータが入ってくるようになるためブラウザどころかパソコンそのもののフリーズ率が上がってくる。よって深い層に行きたければ高スペックか、ゴミデータ=ノイズの回避プログラムが必須になってくる。
 さらにプラスして第5層と第6層の間には「プリマムンディ防壁」と呼ばれる「壁」があるため通常の手段で6層へと降りることはできない。
 無理に進もうとすれば、スペックが低ければフリーズし、スペックが高ければ防壁を抜けませんでしたという表示が出る。この前のあれのことだけど。「>505エラー PASS[FiveLayer]:Error」ってやつ。
 だから私はその防壁を抜くプログラムを使っているのです。なにせいつものチャットサイト第6層にあるのだから。

 なぜあたしがわざわざ6層に顔を出しているのか?

 そんなの決まってる! 人間じゃ壁を越えられる人が少ないけど、異世界人の場合存外そうでもなかったりするの。つまり、あたしは異世界人と交流したいと思ったからこそ、わざわざ「ドリル」なんて開発して6層に降りてるわけ。これをフリーで公開したら邪魔者が増えそうだよね。有料なら考えるけど、……いや、やっぱりないか。

 一応自作ツールを使わなくても専用の業者に頼むという手段もあるにはある。けど、そっちはお金かかるし、そもそも学校に業者いれるとか生徒のすることじゃないよ。

 しかしこういう事情を考慮すると、プリンちゃんがどうやってスマホで接続してるのかが凄く謎になってくる。1層から6層まで降りてるとは思えないので、恐らくネットへの接続プロセスが違うのかなあ。魔法ならプロセス違ってもいいけど、スマホだしなあ……。
 存外、ネット6層と隣り合っている異世界であるとかそんな感じなのかもしれない。

「あ、時間が増えて2000時間49分になりましたよ。2000時間って何日でしょう?」
「ちょっとちょっと増えすぎでしょ……」
「遊佐様、2000時間はおよそ83日です」

 これは酷い! さっさと刃を交換しないと。

「よみ、Bのやつにして」
「はい」

 AからBに「装備」を変更。時間が20分に戻る。減らないどころか増えてるし。でもあたしはこんなところで負けるわけにはいかなのです。6層までいってポータル登録してしまえば、もう防壁云々で困ることもなくなるわけで。

 そういえば……。とふと思ったんだけど、最近「エルちゃん」こないなあ。教会で何かやらかしてインターネットを取り上げられたのかも。自称教会所属の神官長であるエルちゃん。うん、自称なんだよ。知識の偏りが凄いし、いわゆる「一般」常識をまともに認識してなかったりする。大人を自称したいお年頃なんだと思う。
 そういえばこの前妹が料理作ってて爆発したとか言ってたけど、さすがに嘘だと思うし。他にもバイクに乗ってる的なことを言ってたけど、コーラルのバイクに関する質問には何も答えられてなかったなあ。

 とエルちゃんのことを考えつつ画面を睨みつけていたら、ポーンという音とともに、

>BLADE「B」 LOST

 なる表示が……。カウントも止まっちゃうし。

「プログラムが破損したため、ネット領域からデリートしました」
「交換した瞬間に折れるとかなんなのもう……!」
「うん、私じゃ絶対に防壁とか破れる気がしませんから、ここでめるちゃんの奮闘を見るだけにしておくねっ」
「全部で7種、7本しか持ってきてなのに……」

 そして本日の成果はブレード全損という酷い結果である。所詮は自作ツール。時間をかけても6層に辿りつけるとは限らない! くそう!!

「ゆさぁ〜、あたしを慰めて〜!!」
「がってんしょうちー!!」

 そしてがしっと抱きしめられる。……うん、なんだろう。明らかにあたしは選択肢を間違えた気がする。

「ねえ、めるちゃん。やっぱり私の妹に」
「ならないってば」
「この際スールでもいいですっ」
「死ねっ!!」

 あたしは遊佐をお姉さまと呼ぶ関係になど絶対になりません! なるものかー! いや、でも遊佐があたしの足を治してくれたのならその程度実行してもいいと思う。プライドよりも実利です。

「この際未衣お姉ちゃんと呼んでもらえれば」
「未衣お姉ちゃんあたしを放せ、そして死んで」
「ふっ、なんと言われてもめるちゃんを離したりはしません!!」
「誰かあたしを助けてえええええええ!!」

 あたしの叫びをスルーしたクラスメイトなんてきらいだあああああああ!!

 遊佐から解放されたあたしは黙々と黙ってお弁当を食べる。遊佐? そんなやつは目の前にいるけど全力スルーである。遊佐とは置物の呼称なんだよ。

「めるちゃん、謝るから許して! ごめんなさい、めるちゃん!! 友達やめないで!!」
「……誠意を見せるというのであれば考えてもいい」
「デラックスジャンボパフェおごります」
「あんなモンスターパフェいらんわっ!!」

 超でかいパフェ。2,980円。普通のパフェ3000円分の方がいいに決まってる。

「仲良く二人で分けて食べましょう!」
「仲良くってあんた……」

 想像してみる。遊佐と二人であのビッグパフェを食べている姿を。いや、あーんとかないから。そういうことするのはフレンドじゃなくてカップルだと思う。それはあるいは本来なら他のフレンドともありえた可能性だったのかな。足さえ普通だったのなら……。あたしが、ちゃんと歩ける女の子だったのなら…………。

「どうしてもって言うのなら、今度の土曜日にでも」
「どうしてもって言うに決まってます。どうしてもー、どうしてもー! 私が後ろから押してもいいですか?」
「これ脳波制御だって知ってるでしょ。はあ、車椅子で迷惑にならないと良いけど」

 嫌だ。誰があんなパフェ食べるのものか。……と言わないあたりがあたしだよね。うん、理解してる。自分のことだし。あたしは何だかんだ文句を言いつつも遊佐のことが嫌いになれないんだ。こんなやつなのに……!

 こんなやつだけど、友達でいてくれるのが嬉しくてたまらない。そんな感情が胸いっぱいに広がっている。

「大丈夫! よみさんが抱えてくれるはずです! なんなら私がお姫様抱っこでもいいです! むしろそっちで」
「却下に決まってる!! お姫様抱っこ反対。二度とあんな精神的苦痛を味わってなるものかっ!」

 思い出したくもない中学時代の修学旅行。当たり前のようによみもついてきて、当たり前のようにお姫様抱っこで大浴場である。恥ずかしすぎて死にそうだと思ったのはあの時が初めてだ!!

「あたしをお姫様抱っこする時がくるとしたら、それは絶交する時だから!!」
「えっ? なんでそんな親密そうなことしてるのに絶交されるんですか!?」
「トラウマ級に恥ずかしいから。あたしを辱めるようなやつとは友達でいられないわ」
「むむむ……! じゃあ誰も見てないところでちょこっとくらいは? 私の家とか、めるちゃんの家とか!!」
「嫌だ! 絶対に嫌だ! あたしにそれを要求するのなら対価を払うべき。あんたに払えるものかー!!」
「デラックスジャンボパフェおごります!」
「それは一回限りでいいよっ!」

 金曜日の夜、そわそわしてて中々寝付けなかったことは遊佐には秘密にして欲しい。お願いします……。


TOP