異世界コミュニケーション #7 わけあり少女の高校入学


 ついにきてしまった。実は今日は4月の1日でエイプリルフールである。だから入学式なんて嘘! とか誰か言ってくださいお願いします。

「あんたも早く準備なさい。主役なんだから。月詠、早くめるに制服着せちゃって」

 お母さんがやけに張り切ってる。ぼけーっとしていたらいつの間にか制服になっているあたし。よみの仕事っぷりに若干の恐怖すら覚えるんだけど。入学式をサボってチャットしてたら怒られるんだろうなあ。

 正直リアルにはあんまり期待してない。どうせあたしは普通じゃないから、また中学校同様変な目でみられたり、悪口言われたりするに違いない。
 あたしは普通の生活に支障をきたすような「ハンデ」を抱えてる上に性格はこんなである。簡単に仲良くしてくれる友達ができるとはとても思えないんだ。でも、もしも、理解ある友達ができるのなら、あたしは高校に通うことに前向きになれると思う。

 お母さん、よみの二人と一緒に高校へと向かう。電車通学とかありえないので我が家から一番近い高校を受験した。もうぶっちゃけるか。あたしの抱えているハンデというものを。

 意地でマイルームが2階にあるあたしだけど、実は「歩けない」というとんでもないハンデを背負っていきている。足は動くのに歩けないとか、なんだこれ。今の科学をもってしても原因不明。足じゃなくて脳の方で「歩く」機能に障害があるのかもしれない。勿論頭の検査でも原因不明なわけだけど。
 でも、昔はちゃんと歩けたんだよ。だから歩けていた頃の感覚はなんとなくだけど覚えてる。いつからだろうか。あたしが歩けなくなったのは。どうしてだろうか、あたしが歩けなくなったのは。
 大きな事故を経験したわけでもなく、唐突にあたしは歩けなくなった。……本当にそうだったっけ? もしかすると何かあったけど覚えてないだけかも。ショックすぎることがあって脳が思い出すのを拒絶しているのかも。
 そんなわけであたしは車椅子生活であり、そんなあたしを心配して祖父母はよみをくれたのだ。

 外出するだけで視線を感じる気がするのは自意識過剰なんだろうか。脳波制御の車椅子なので一人でも自由自在に動けるけど、段差とかでやらかすと死ねる。マジでケータイなかったらピンチだったことあるし。あれ以来あたしは外に出るとき必ずよみを連れていくことにしてる。

 「鈴川大学附属高等学校入学式」ねえ……。空間投影を可能としたエアフレクト技術を用いて過剰に装飾されたアーチ状の入り口を通り、鬱陶しいほどに花びらを浴びせてくる桜並木を抜ける。春の嵐でさっさと散ってしまえばよかったものを。いや、そんなに桜の木がいっぱいあったわけじゃないけどさ。本当に散っていたらエアフレクトで桜の花びらも再現したのだろうか?

 そしてそこまでくるともう、あれだ視線が凄い。車椅子少女にメイドである。どっちが視線を集めているのかは謎だけど、胃が痛くなる。もう帰りたい……。でもお母さんが「帰ったらネット回線解約する」みたいな思念波を送ってくるので帰るわけにもいかず……。インターネットが異世界だって分かった今ですらプロバイダ契約がなければネットに繋がらないなんて!! いや、でも、個人サーバーさえあればいける、かな? 何をもって向こうにアクセスできているのかよく分からないし、そもそも高すぎて買えない! 悔しい!!

「白鳥める!」
「はい!」

 入学式の中身は割愛したい。視線がうざかったし、あたしのことをあれこれ言う声も耳に入って不快だ! さらに初日から校長先生のながーいお話を聞かされるハメにもなってあたしの精神はボロボロだよっ! 入学式がこんなにも磨耗するイベントだったなんて知らなかった……。もっと短くまとめろよ、教育者だろ! 
 入学許可と呼ばれるそれは結構あっさり終わった。名前呼ばれて返事するだけだもんね。他の人は立ち上がるんだけど、当然のようにあたしは免除だ。立てるなら立ちたいわっ!!

 さて、後は教室に言って話を聞いて今日は終わり、かな?
 お母さんとは式が行われた体育館で別れるけど、よみはそのままあたしについてくる。勿論許可は取ってある。ちょっと面倒な手続きをして補助ロボットの持ち込み許可証を入学前に発行してもらったとか言ってたような気がするけど、その時のあたしは右耳で聞いた音が左耳から抜け出るような状態だったからうろ覚え。

 うん、ほら、ね。あたしに集まる視線をなんとかして!! ベクトル反射でも光学迷彩でもいいからなんとかして! あたし達をみないで!! 好奇の視線とか哀れみの目とかいらないから!!

 ちくしょー! 歩けない女子を見詰めるのはそんなに楽しいか! 高校爆発しろ!

 落ち着けあたし。クールになるんだ。自意識過剰すぎるだろう。この世に歩けない人間なんてあたし以外にもたくさんいるんだ。今はもの珍しいだけ。一週間もすればみんな慣れるさ。

 そんなことよりももっと前を向こう。楽しい事だってあるさ。なかったらあたしは引き篭もるしかなくなってしまう!!

 教室でのあれこれをなんとか乗り切り後は帰るだけだ。初日からストレスがぱないです……。私を癒してプリンちゃん……。弱音を吐いてばかりもいられない。明日からの現実と戦うためにも備え付けのデスクを触ってみることにした。

 学校のデスクは羨ましいくらいの高性能!! これは中学校以上ですよ先生!
 わーお、エアフレクト全開の空間投影ディスプレイに仮想キーボードですと。持ち込めばパッドだけじゃなくてマウスも使えるのか。ディスプレイはマジ欲しい。だってこれスペックが許す限りいくつでも増やせるんだよ! 自分の周りをディスプレイだらけにしてSFごっこしてみたい! さすがに学校のそれは3個までに制限されていたけど。
 改造すれば無限に作れるようになるかな? 停学くらいそうな気するけどさ。

「よみ」
「はい、なんでしょうか?」
「デスクとリンクできる?」
「承知しました……完了です」
「3秒かからないとか教育機関は予算ケチってるせいでちょろいなあ。セキュリティは最新のものを揃えないと」
「この程度ならハッキングとも言えませんし問題はないでしょう」
「どうせバレないとは思うけど万が一バレたらよみが勝手にやったことにして保身をね」
「それでこれそわたくしのお嬢様」

 いや、冗談なんだけど。あたしはうちのメイドロボにそんな真っ黒な人間だと思われていたのか!

 学校のデスクではインターネットへは繋げない。学内ネットワークオンリーだ。それは高校でも変わらず。学内ネットだけでもいろんなアプリがあって十分遊べるのは知ってるけど、どうせならネットがしたい。というわけでよみをアンテナ代わりにしてネットへと繋げることにしたのだ。
早速試してみたところ、見たこともないマイナーなブラウザが立ち上がった。「FireDragon」って何? まるで蛇君を彷彿とさせるブラウザだ。

「いつものサイトに繋がらない」
「繋がる理由がありますか?」

 見知ったURLを手動入力してみたものの結果はコレ。

>505エラー PASS[FiveLayer]:Error

 ぶっちゃけこの表示が出たことにビックリである。デスクのスペックがおかしい。普通なら直接飛んだりしたらデータを処理しきれずにフリーズするんだけどなあ。

「防壁突破プログラムを持参していないのですか?」
「ドリルなんて持ってきてないし。プリマムンディ防壁の突破は諦めるかあ」
「白鳥さん」
「ひゃい!?」

 唐突にナニモノかに声をかけられてビックリした。まさか、入学早々始まる車椅子少女へのイジメだろうか!? よみさん助けて!!
 ディスプレイを左手でどかすとそこには初めて見る女子の顔が! 誰だ!?

「白鳥さんっ、よかったら私とお友達になってください!」
「どうしてこうなった!?」

 理解不能である。友達というのははたしてどうやって作るんだったっけ? 利害関係が一致した相手にフレンド登録メールを送るのがセオリーだったはず。おかしい、利害関係が一致する前に友録がとんできてるぞ!?
  あれ!? リアルってそういう世界なんでしたっけ? 春休み中ネットにダイブし続けたせいでリアルが分からなくなってきてる……!! ヤバイ、さすがにここまでリアル捨てているとは思ってもなかったよ!! こんなところで自覚できてよかったよ!?

「ああああ、あ、あたしは別に友達なんていらないしっ!!」

 白鳥めるは逃げ出した! 車椅子の脳波制御万歳である! 教室から普通の人が走る程度の速度で飛び出し、廊下を猛ダッシュ! そして階段で詰まってしまうあたし……。おぅ、道間違えた……。

「危ない、階段は危ないから待って!!」

 追いかけてきた!! よみも一緒だ!? な、何か言わないと……!!

「そなた何者であるか名を名乗れ!」

 意味は理解できるもののなぜかこんな口調で言ってしまった……。ああ、もう、初対面なのに何恥ずかしいことしてるのあたし……。もう、死にたい……。両手で顔覆っていたら、彼女は名乗ってくれました。

「私は遊佐未衣って言います」
「ゆさみい……?」

 ……ん? ゆさみい? 人名?? あ、ああ「ゆさ・みい」か。

「まあ、その、何が目的か知らないけど、どうしてもって言うのなら友達になってあげてもいいけど!!」

 恥ずかしさを誤魔化さなければならない精神が働いたのか大声、早口で!

「どうしてもです!! というわけで今日からめるちゃんは私のお友達ってことで!」
「ちょっ、遊佐! めるちゃんってなんだ!!」
「固いよめるちゃん! みいちゃんって呼んで!」
「嫌だ!」

 リアルの友達ってネットのそれとはまったく違うのか!! これはちょっと怖いわー!! 馴れ馴れしいにもほどがある!!

「あ、そうだ。ケータイ持ってる? メアド交換しよ!」
「持ってるけど……」

 自分のケータイのアドレスも分からないとか言えないし……! なんか通信でポーンと一発登録できるらしいとういう都市伝説は聞いたことがあるけど、そんな機能はきっと既存のケータイには存在していないはずである。あたしが慌てていると、

「申し訳ありません遊佐さん。お嬢様は家族以外の方とメールのやり取りをしたことがないのです」
「あー、そうなんだ。じゃあ、貸して、やってあげるから」

 ケータイを差し出すあたし。未だにあたしは混乱しているせいもあってかどんどん流されてるぞ!

「これでオッケーです! ほらほら、これが私のメアドで電話番号で」
「分かった、分かったから」
「めーるちゃん!」
「いや、だからなんでちゃんなのよっ」
「そりゃ可愛いからです!! めるちゃん最高です!」
「かっ……」

 かぁぁぁ、顔が真っ赤になりました……。可愛いってなんだ可愛いって……。そんなこと男子にも言われたことないのに女子に言われてしまったぞ!! あれか、百合なのか!? どうしよう!! あたしはノーマルのはずなのに危険なやつにロックオンされてしまったのか!?

「めるちゃん可愛いので私の妹になってください!」
「やっぱりかー!! いやだー!! あたしは遊佐のことをお姉さまなんて呼ばないんだからああああああ」

 そしてあたしは逃走する。勘違いによる逃走を。単純にちっちゃい私を妹みたいだと遊佐が思っていただけの話。うん、それだけ……今日は無駄に疲れたよぅ。

 そして翌日、

「姉ちゃん、何携帯見ながらニヤニヤしてるんだよ。気色悪いぞ」
「なっ、あんたには関係ないでしょ!」
「大体想像できるけど外でもそんなじゃないだろうな? 家族として恥ずかしいから家の中だけにしてくれよ」
「お嬢様は学校でお友達ができたことが嬉しくて仕方ないのです」
「分かってる分かってる」
「うがああああああああ!! よみは余計なこと言わなくていい!! 孝春は向こういってろー!!」

 アドレス帳に登録されている「遊佐未衣」という名前を見るとどうしても頬が勝手に緩みだす。

「なあ本当に友達なのか? 好きな人の間違いじゃねーの?」
「階段から転がり落ちたところをたまたま通りかかった原付に轢かれて死ね!」
「ひでえ!!」


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