異世界コミュニケーション #6 とある上司の異界相談


メルル>そろそろ、入学式なんだよね……

 実に憂鬱である。この柔らかくも暖かく、まるでぬるま湯に使っているような春休みが終焉を迎えようとしているのである。そして高校。受験はしたもののぶっちゃけ行きたくない。引き篭もってチャットしていたい。
 だって、登校しても明るい未来が想像できないもの。はぁ、友達が1人でもできるのかなあ。登校はしたくないけど、退学もしたくないし、留年も嫌だ。全ての条件を満たす方法は二つ、三つあるけどどれもこれもお金がかかる上に今となっては間に合わない。くそう……。

コーラルシー>ハイクラスエディへの編入だなんてメルルって結構若い子だったのね
メルル>何歳だと思われてたのあたし
コーラルシー>いやー、ネットだと相手のこと全然わからないなって改めて思っただけよ
メルル>そんなもんでしょ、蛇君なんてどことなく子どもっぽいけど実年齢は凄そうだし

 蛇君のせいでドラゴンが爬虫類の延長だっていう思いは日に日に強くなっていくばっかりだよ。どこのどいつなんだろうね? ドラゴンが神の化身だとか言ったやつは。

コーラルシー>そうねっ
コーラルシー>それで私は何歳だと思う?
メルル>んー、急に言われてもなー

 でもアニメに興味なくてドラマ好きで車の免許を持っている、と。成人はしてるようなイメージだけどそれ以上がまったく浮かばない。

メルル>25くらいかな?
コーラルシー>ほっほー、じゃ、そういうことにしておくわ

 もっと年上なのか、実は同年代なのか。いや、やめておこう。考えるだけ無駄だ。無理矢理リアルを聞き出すのはマナー違反だしね。

メルル>実は年齢よりも結構気になってる件があるんだけどいい?
コーラルシー>なにかなー
メルル>この前プリンちゃんにどうやって生まれたのかって聞いたんだけど
メルル>魔力が多いところに自動発生するみたいなこと言われた
コーラルシー>生き物が自動発生ってさすがはファンタジー、理解しがたいわねえ
メルル>それで気になったんだけど
メルル>マーメイドって哺乳類なの? それともどちらかというと魚類?

 マーメイド、つまりは人魚であるコーラルシーにミルク飲ませる器官はバッチリ存在しているはずだ。でも下半身は魚でしょ。卵なのか、妊娠出産なのか……あるいは両方可能なのか? 気になったらなったでもんもんとして眠れません!! あたしの安眠のためにも解を頂きたい。

コーラルシー>マーメイドって一言で括られてるけど実際にはいくつか種族が分かれてるのよねえ
コーラルシー>私はメロウっていう種なのよ。で、メロウ種は子どもを胎内に宿すわ

 マーメイドって「虫」とか「鳥」みたいな括りだったんだ……。

コーラルシー>フォーク種やハルフ種は卵を産むんだけど、近くに住んでるヒトはいないからどんな卵なのかまではしらないわ、たぶんイクラみたいなやつでしょうけど
メルル>なるほどねー
コーラルシー>メルルも妊娠・出産型なんでしょ? まさかこっちの常識とは違って卵から産まれたなんてことないわよね?

 そう言われると卵だよーと言いたくなるけど、ぐっと我慢。

メルル>さすがに卵はないってば
コーラルシー>そうよね、よかったわ
メルル>蛇君は卵、かな
コーラルシー>あー、ドラゴンは卵っていうイメージあるものねー
メルル>卵から生まれてあの巨体か
コーラルシー>地球にはそういう生き物なにかいないわけ? シーサーペントとかさ
メルル>どうだろう? でっかいのは大抵哺乳類だよ あ、でもサメなら卵で生まれて巨大になるかも
コーラルシー>サメねえ、あいつら話し合いの余地がなくてホント困るのよね 爆発すればいいのに!

<トントン様が入室しました>

コーラルシー>おはつよろー
メルル>初めましていらっしゃい
トントン>hajimemasite
トントン>初めまして
トントン>インターネットなる異界の存在は知っていたが、これが初のアクセスとなる
メルル>初めてでうちにくるとは…

 もっと浅いところをぐるぐる回っていればいいのにチャレンジャーすぎるなあ。

トントン>初の来訪でこんなことを言っていいものか分からないのだが
トントン>シックスレイヤーのあなた方に折り入って相談がある。いいだろうか?
コーラルシー>内容にもよるかなー、シリアスすぎると返答に困るし
メルル>言うだけならただだよ。というわけでどうぞ

 いやー、今回の新人さんはぐいぐいくるねー。この手のタイプはプリンちゃん以来な気がする。最初の頃はコーラルも結構大人しかったんだよね。

トントン>詳細は言えないが、実は我はとある世界で魔王という職に就いているのだ

 勇者どうこうの次は魔王か。そのうち勇者までチャットに現れて知らずに会話したりするのかな。想像しただけでお腹を抱えて笑いたくなってくる。

コーラルシー>今度は魔王様が本当に降臨っと、これだからネットは面白いわー
トントン>立場上部下に相談事を持ちかけ難くてな
メルル>なるほどー、なんとなくそういうの分かる
コーラルシー>あれでしょ、勇者が出てきてピンチなんでしょ
トントン>鋭いな。まさか我が魔王軍の実態を知っているのか
コーラルシー>魔王の悩みって聞くとまず邪魔者って思っただけよ、その第一候補が勇者だっただけ
メルル>RPGですね分かります
コーラルシー>まーねー
トントン>RPGが何かは分からんが、
トントン>我が軍は順調に地上を侵略していたのだ
トントン>残すところは大陸1つ、10年もあれば確実に世界は我が手に落ちているはずだった
トントン>しかしだ、大陸に進行中だった魔将軍の一人が勇者なる存在に打ち倒されてしまったのだ
トントン>部下の話によればタイマンで魔将軍を撃破したツワモノだという
トントン>地上をのさばっているだけのケールンどもにそれほどの力があるとは思えん
トントン>我は混乱している、どうすればいいと思う?
コーラルシー>トントンは今までが上手く行きすぎていて挫折を経験したことないタイプね
メルル>いいところのボンボンか、魔界ではきっと公爵とかそんな地位だったりするの?
トントン>そこまで分かるものなのか
トントン>確かに我は魔界では侯爵家の長子である
トントン>父は健在なので爵位を継ぐには至っていないが

 いやー、ゲームしたり、ラノベ読んだり、アニメ見たりしてるとそういう考え方が身についてくるわけですよ。

トントン>とにかく何かアドバイスを頂きたい
メルル>あたしもコーラルも軍事には詳しくないから素人的な考えになるんだけどそれでもいい?
トントン>問題ない。むしろ何か言ってくれるだけでもありがたい
メルル>その勇者って男? 女?
トントン>む……。我には分からん
メルル>オッケー。把握した

 この魔王はあれだ。パワーがあればなんでもできると勘違いしてるタイプだ。

メルル>まずは情報を集めなさい。なんでもいいから
トントン>情報だと?
メルル>そう、情報。いつだって情報を多く持っているやつが戦争ってのは有利なの
メルル>しばらくは余計な戦闘は避けて、勇者とかその周辺にいる仲間とか国とかの情報を集めて対策を立てるといいと思う
コーラルシー>性別も分からないんじゃ、得意な武器とかも分からないでしょう? 力押しばっかりで勝てるとか思わないほうがいいわよ、頭使わないとボケるし
トントン>飛べる連中を使って偵察を行うか
メルル>あたしが思うに勇者は正攻法で倒す必要はないと思う
トントン>ん? というと?
メルル>情報集めたあとは寝込みを襲うとか、飲料水に毒を混ぜるとかして暗殺すると手っ取り早いよ。勇者だって真っ当な生き物のはずなんだから無防備なところを狙うのが吉
コーラルシー>メルルってたまーに平然とヤバイことをいうのよね、最近の若い子はコワイわぁ

 RPGですよ、はい。城攻めしてる将軍が川に毒を流して敵兵を全滅させたっていうエピソードがあったからさ、丁度いいので言ってみた。

トントン>まだ勇者なる存在についてはよく分からんが検討はしてみるか
メルル>魔将軍がポカして勇者がマグレ勝ちしただけって可能性もあるし
トントン>ふむ、確かに情報収集は必要だな
メルル>暗殺もブロックするような強敵だったらまたおいでよ、何か手伝えるかもしれないし
コーラルシー>そうそう、なんだか面白くなってきたしねー

 こう言っちゃなんだけど、異世界のことに赤の他人の立場であれこれいうのは結構楽しい。仮にそれが原因で大惨事になったとしても所詮は壁の向こうの出来事。チャットで罵倒されて一人チャットに来なくなる。顔も知らない友達が一人減る。それだけで済んでしまうのだから。
 いや、友達減るのは嫌だけどさ。やっぱり異世界の壁は分厚すぎて現実味がなくて、ゲーム感覚になっちゃうことって多いんだよ。遠すぎるんだよ異世界は。

 じゃあ、近かったらあたしはどんなアドバイスをしたんだろう?

 それを考えるとあたしは……怖くて、怖くて、怖くて。……リアルなんて消えてなくなればいいのになんて極論に達してしまったりして。気が付いたらよみを抱きしめたまま眠っていたりして余計に混乱するのですよ。

 そしてあたしは思ってしまうのだ。コーラルの言っていることの方が正しいのかなって。


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