異世界コミュニケーション #1 異世界チャットの現実


 20世紀後半から急成長を遂げたインターネット。
 そのインターネットは人間が作り上げたもの。当時の人たちは特に意識はしていなったものの誰もがそう思っていたはず。しかし、21世紀後半。その当時の常識は完全に崩壊した。

 インターネットとは始めから「そこ」に存在した異世界であり、あたし達人間はパソコンなどのデバイスを用いることで偶発的にアクセスできただけだったのだ。
 異世界「インターネット」の一部をデバイスを使うことで書き換え、もとい開拓して出来上がったのが各種ウェブサイトである。

 物理的か、非物理的か。現実世界との差などその程度。しかし人間の常識が邪魔をして「その程度」と認識するのにとても時間がかかってしまったのだ。
 人間が異世界の事実に気が付いたのは、インターネットへ人間以外のアクセスがあったから、つまりは外部要因の存在に他ならない。
 これがなければ人間は異世界の存在に永久に気付かなかった可能性すらあるのだ。うわぁ……人間ってどんだけ馬鹿なの? 今を生きるあたし、白鳥めるはそう思う。

メルル>こんばんは〜♪
空飛ぶ蛇君>やあ
メルル>今日は蛇君だけなんだ
空飛ぶ蛇君>プリンちゃんはダンジョンが崩れて電波状況が悪くなったからしばらくアクセスできないかもって
メルル>ほー

 2410年。
 インターネットは異世界に住む生物たちとコミュニケーションをとる場として使われている。空飛ぶ蛇君は確認はしていないものの恐らくはドラゴンか何かで、魔法を用いてこの世界へとアクセスしているらしい。プリンちゃんは自称ダンジョン暮らしのスライムで、どうやってかスマホを用いてこちらに顔を出しているようだ。
 たぶんスライムとは言っても某RPGに出てくる可愛らしいグラフィックのそれとは別なんだろうけど。

空飛ぶ蛇君>今日ちょっと人間の集落を炎で焼き払ったんだけどさー

 あたしが人間と知っていてもこの手の話題を余裕で振ってくるのはどうなんだろうね? とはいえ、どこの世界のどこの出来事なのかもさっぱりなのだ。
 例えば、「今日東京を焼き払ったんだけどさー」なんていわれれば大慌てだけど、東京がリオデジャネロになればあたしの感想は「ふーん」になるし、「火星」になれば「はぁ…」になる。それ以上に遠ければ最早二次元世界の出来事と何が違うのか。どこの世界の住人も大体そんな感じである。
 そもそもあたし達人間と異世界の人間が同じ姿形をしているのかすら分からないのだから。いや、やろうと思えば写真をアップして貰ったりできるよ? できるけど確認する必要が一体どこにあるのか。
 さらに言うのならあたしが人間であるというのは自己申告であって、別に顔写真をアップしたわけでもない。どこか匿名性を帯びている。今も昔もインターネットなんていうのはそんなものなんだろうなぁと思う。

メルル>空飛べるっていいねー
空飛ぶ蛇君>メルルも飛べるっていってなかったっけ?
メルル>飛行機とか乗れば飛べるけどあれだよあれ。あたしが直接飛んでるんじゃなくて、あたしが入ってる箱が空飛んでくれる、みたいな?
空飛ぶ蛇君>人間の入ってる木箱を僕が運んでるみたいな感じなのかな
メルル>大体あってる

 ファンタジーの住人に現代科学を説明するのは無理だとあたしはわりと早い段階で悟ったので、ニュアンスが大体伝わったのならもうそれでいいやと思うことにしている。

<コーラルシー様が入室しました>

コーラルシー>おはよー
メルル>こんばんはー☆
空飛ぶ蛇君>やぁ

 世界によっては1日が30時間とか逆に短くて14時間なんてところもある。よってあたしの世界が夜でも向こうは朝なんて今時珍しくもない。

コーラルシー>きいてよ! 一昨日うっかり釣り針にかかちゃってさー! 口の中痛いのなんのって!!

 そのまるで空母みたいな名前の人はいわゆるマーメイドらしい。つまりはファンタジーサイドの住人なのだ。……とわりと最初の頃は思っていたんだけど、

コーラルシー>即衛士隊に連絡して、裁判よ! 治療費とか慰謝料とかいっぱいもらえたわー!

 ぶっちゃけ最初は何を言ってるのかさっぱり分からなかったけど、それが向こうの世界では当たり前なのだ。さくっと説明すると「マーメイドの住む海での釣りは違法」の一言で済むのかな?

コーラルシー>最近は徒泳で移動するのも危ないわねー、今度からは免許持ってるんだし車使うわ車

 ファンタジーかと思いきや、科学成分結構入ってるのがコーラルの世界なのです。ちなみに徒泳っていうのは徒歩の泳ぐバージョン。乗り物に乗らずに泳いで移動することね。

空飛ぶへ蛇君>その免許っていうのよく分からないんだけど
コーラルシー>許可証よ許可証、持ってるとやってもいいことが増えるの
メルル>車は分かるんだ
空飛ぶ蛇君>移動が早くなる乗り物なんだろう? ラグランジュの翼みたいな

 多分違うと思う。思うけど形状がまったく理解できないのでつっこめない……! そもそもその翼はドラゴンが乗って移動する不思議アイテムなんでしょうかっ!? ついでに言わせてもらうとマーメイドが乗る車ってどんなの!? 潜水艦の間違い!? くっ、……これがこの世界に住んでいる人間であるあたしの限界かっ!!

空飛ぶ蛇君>つまりは、その許可証がないと車には乗れないと
コーラルシー>そうそう、取るのも更新するのも面倒だしお金かかるし、とにかく面倒。でも車は便利
空飛ぶ蛇君>マーメイド社会はよくわからない
メルル>同じく……

 下手にこちらの人間が作り出したマーメイド知識があるだけにマジ理解不能!! 異世界ぱない……!!

コーラルシー>メルルの世界だって車たくさん走ってるんでしょ? 同じようなものだと思うけど
メルル>走ってるよ、地上をね。水中は無理
コーラルシー>自由自在に空を飛べる蛇君が羨ましいわー
空飛ぶ蛇君>そうかな? 僕体が大きいから目立っちゃって地上からよく魔法攻撃受けるんだよね
メルル>うわぁ……うちの世界平和でよかったー
コーラルシー>私も空なんて飛んだらガルーダウェポンあたりにあっさり捕食されそうだわ、水中と地上だけで十分ね

<プリンちゃん様が入室しました>

プリンちゃん>地上きた! 太陽うめー!
メルル>こんばんはー!
空飛ぶ蛇君>やぁ
コーラルシー>おはよーおはよー
メルル>ダンジョンは?
プリンちゃん>なんか、勇者とかいうやつが、爆破した
空飛ぶ蛇君>勇者? それ僕の世界にもいたよ。この前姉ちゃんが勇者と全力バトルしたって言ってた
コーラルシー>勇者とか完全にゲームの世界ね

 貴女がそれをいいますか、マーメイドさん! あたしからしたらこのチャット参加者みんなゲームの住人だよおおおおおお!!

メルル>プリンちゃん大丈夫だったの? 怪我とかしてない?
プリンちゃん>体が、半分になった! 光浴びて、なおった!

 どんな体だ!! このスライム光合成でもしてるのかっ!?

コーラルシー>なんにせよ無事でなによりね。チャットのメンバーに何かあったら悲しいもの
空飛ぶ蛇君>家が爆破されるなんて危険な世界なんだねえ……
メルル>いや、蛇君がそれ言う……?
プリンちゃん>メルルのところも、町爆破、よくあるって
メルル>いや、まあ……戦争とかテロとか確かにあったことはあったけど
コーラルシー>こっちだとそういう大きな事件はスペースシップが原因不明の墜落くらいね
メルル>SFだ! ついにSFにシフトした!!
コーラルシー>大げさね。SFっていうのは異世界大戦争とかのことを言うんでしょう
空飛ぶ蛇君>僕達が大戦争? それは少し不思議で済むのかな

 そうそう。蛇君はSFのことを少し不思議となぜか認識している。多分面白がってコーラルが適当なことを吹き込んだんだと思う。

プリンちゃん>スマホ電池20%になった、もうちょっとしたら、充電してくる。
メルル>前から気になってたんだけどどうやって充電してるの? 充電器も持ってるとか?
プリンちゃん>自分で、発電して、電気送ってる
メルル>マジか!!

 どこの電気うなぎだ!

コーラルシー>光合成に、自家発電……一家に一台プリンちゃんの時代ね。光熱費安く済みそう
空飛ぶ蛇君>謎のエネルギー電気。それは魔力とどう違うんだい?
メルル>似たようなものだと思う
コーラルシー>そうね。でも水と油くらいの差はあるわ。魔力は自分で作ったり、世界に溶け込んでいるものを使うけど、電気っていうのは作らないといけないの
空飛ぶ蛇君>作る?
コーラルシー>分かりやすく言えば電気というのは雷のこと。あれを使いやすくしたものよ
空飛ぶ蛇君>あのゴロゴロピカッドーンのやつを? 確かに凄いパワーがあるとは思うけど。あれを使うなんて凄いことするね

 魔力と電気、両方知っている人がいると話が早いなぁ。

プリンちゃん>勇者がまたこっちきた、隠れる、落ちる
メルル>おつかれさまー、ちゃんと逃げてねー
空飛ぶ蛇君>おつ
コーラルシー>またね

<プリンちゃん様が退室しました>

 異世界コミュニケーションはこういう常識の違いもあってかなり面白い。まだ参加したことがない人がいるのなら是非ともやってみることをオススメしたい。
 案外、人間と会話するよりも馴染むかもしれないよ。あたしみたいに、ね。


挿絵はRu4Lさんに頂きました。ありがとうございます!

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